小学生の殺害事件で、加害児童のサイトからいろいろな分析をしているらしい。 そりゃあサイトみたら、開設者の性格の一端がわかるから正しいやり方だろうと思う。
わたしが小学生だったらどんなサイトにしているかと考えてみた。 わたしは自分のサイトに「ノート」とつけているくらいだから、小学生の頃からすでにノートにいろんなこと書いて、同級生にみせていた。 中2くらいが一番、一生懸命やっていたように思う。 でも、そういうのはたいがいおもしろいことを書いていた。
交換日記もよくやっていた。 小学生のとき仲良くて、中学がバラバラになった4人と。 その日記帳は今でも、武庫之荘のわたしの部屋の机のなかの引き出しに入っている。 どんなこと書いていたのかなぁ。 そこではわりと暗いこと、書いていたように思う。
もし、わたしが小学生のときに今みたいに簡単にサイトがもてるとしたら、一番にサイトを作っていたと思う。 そして、わたしのサイトをみにきてよという感じで、必死で更新しているように思う。 今、ネットはわたしの生活を支えているところもあるけど、逆のところもある。 むしろ依存症なのは、それで支えられていたらいいかという部分もあるけど。 だから、こういう依存するものに小学生を参入させたらあかんと思う。
加害児童が、クラスの子たちを批判していたけど、わたしもそういうことを書いているような気がする。 親に対してもそうかなぁ。 よくわからないけど、小学生の高学年から中学生くらいは生きにくかった。 高校3年間は、なんとなく楽しくて、その後は、いろいろなことがありすぎてどうなのかわからない。
自分でもはっきり覚えているけど、わたしは小5〜6のときくらい、生きるのがイヤでイヤで仕方がなかった。 口うるさかった母のこともあるかなぁ。 でも、母がうるさかったのは、わたしは何にもしないからだけど。 近所の大人たち(友達の親)からも、なんか嫌われているみたいやったし、自分なんてこの世の中にいなくてもいい人間やと思っていた。
そう思いながらもどうやって、そういうしんどい時を生きてきたのかなぁ。 よくわからない。 中学のときはさらに最悪やったし。
もしわたしの身に普通でないことが起こったら、ここのサイトをみて、いろんなことを言われるんやろうね。 でも、分析する前にきた人が混乱するんとちゃうかな。 |
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