もうひとつの懸案も、懸案でなくなってきている。 昨日、ネットで調べてみたら、そんなに心配する状況ではないようだから。 まぁ、だいたいが医者にすすめられてやることだから、不安があれば医者にきけばいいけれども、やっぱりなぁ、聞きにくいし。
こういう選択をするとは思わなかったなぁ。 でも、今回はいたし方なくではなく、すこしは主体的だと思う。 自分のこの選択がベストなのだと思う。 そうはいいつつ、この複雑さはどういえばいいんやろう。 以前と今では、目的が全然、違う。
テレビで「ダウン症」の子どものことをしていた。 テレビでみていても愛すべき子どもにみえる。 実際、そうなんだと思う。 でも、いいことばかりではないだろうなぁ。 健常な子どもでもしんどいことはある。 同じように、しんどいことがあるだろう。 それは障害の有無に関係ないのかもしれないけど。
ひとりしか産まなかった。 ひとりしか産めなかった。 いったいわたしはどうなんだろう。 自分の選択に後ろめたさをもつくらいなら、そうしなければいいのに。 よくわからない。 |
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