ふだん、直截的に怒りや不快をオモテに出すほうだとは思っていない。 たとえば、待たされても怒らないし、お茶当番の日に他の2人が遅れてきても、とくに何も感じていない。 もっとも1年間、ほとんどわたしひとりでやることになったときには、不快感を示したけど、そうするまでに1年間、かかっている。 自分のスタンスをそんなふうに思っているけど、今日は、速効で不快感を示してしまった。 そうしている自分を、一方で冷ややかにみていて、こうしていいんやろうかと思いつつ。 でも、どうしてもガマンできないというか、そこでニコニコできるほどの自分の気持ちの余裕がなかった。 その不快感は、あとにのこったけど、でも、翌日には、もうすっきりしていたので、もしかしたら、その場で不快感を示したのがよかったのかもしれない。
でも、わたしが何で怒ったかというと、それなりの理由もあるけど、でも、少し受けとめ方を変えていたら、そんなに怒るほどのことでもないのではと思う。 怒るときほど、よく考えないといけない。
夕方に行政の人と懇談。 今後の自分の立場を伝えると、肩書きがなくなっても継続してもらいたいという先方の意向だった。 わたしでなくても、とりあえず誰か入っていたらいいのかもしれないということもあるけど、でも、そうやって言ってもらえるのは、有り難いことだ。 自分から出て行かなくても、だれかがどこかでそっとみていてくれるのかもしれない。 こう思うようになるには、少々、時間がかかったけど、でも、今は確信している。 こういういい形をあとに引き継いでいきたいと思う。 |
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